清澄庭園案内/清澄ガイド倶楽部

08 涼亭

◇涼亭
        涼亭は明治42年(1909) に作られた 現在 創建100年を越えている

                     
   涼亭 冬                                                                                撮影 佐藤あけみ 
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    e0156629_23452890.jpg涼亭 夏
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                    涼亭脇から見える
                      "skytre" jan/2011


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              震災前の涼亭の写真 左側に現洗面所の部分がない 屋根は西京瓦
               写真には縁側に机を並べた外人客が見える

                                  
       「家屋類纂」  保岡 勝也著 明治45年4月5日 信友堂書店 発行に次の記述がある
              第参  深川区所在某邸内 池邊茶邸 (清澄 涼亭のこと)
              木造平屋建 建坪五十八坪 右ハ某別邸ノ邸園内池邊ニ新築シタ外賓休憩用
              茶邸ニシテ特ニ履物ヲ脱セズシテ 入リ得ル様 床ニ絨氈ヲ敷込ミタレドモ總テノ
              手法 純然タル日本風ナリ只内法寸法六尺五寸トセシハ 外賓ヲシテ鴨居ノ低
              キヲ憂慮セシメザラシガ為ニ外ナラズ 内部障子ハ總テ紙張リ避ケ艶消硝子ヲ
              嵌込ミ 天井ハ和様 棹縁杢板張リトシ屋根ハ西京瓦ヲ用ヒタリ 配膳室臺所
              兼用ハ 全部敷瓦敷ニシテ裕ニ四拾人ノ調理ヲナシ得ル設備トス


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 涼亭につき 「岩崎久彌伝」 昭和36年 岩崎久彌傳編纂委員会 に次の記述がある

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  久彌は池の南岸に瀟洒な小亭を建てて新景観を加えた
  この亭は 明治42年英国陸軍元帥キッチナー
  が来朝の際 元帥を接遇するために新設したもので
  設計者は保岡勝也である


     キッチナー元帥 は英国のアフリカ戦略に勇名を馳せ 第一次世界大戦
       当時の陸軍大臣の要職に就いた人であるが 来朝当時はインド軍
       総司令官の任期を終わり帰国の途上にあった


  久彌は11月14日元帥のために清澄園に園遊会を催しまず洋館陳列場に元帥を
  講じて中国陶磁器の名品を鑑賞に供し 陶磁器愛好者として知られる元帥を喜
  ばせた次いで庭園に案内し池畔に設けた前記の小亭に入って茶菓を供した
  爾来この小亭は キッチナー元帥記念涼亭 と呼ばれ現在も保存されている

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 保岡勝也  明治33年東京大学卒 三菱入社 三菱レンガ街の事務所設計に従事 曽禰達蔵の
   退社後 技師長まで昇進するが明治44年退社 大正期に増え始めたサラリーマン向け典型
   的郊外住宅の形成と定着に務めた 一方昭和以降多数の数寄屋建築の秀作を残した
   また著作にも力を注ぎ建築以外にも影響を与えた  明治10年東京生まれ 昭和17年没

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by gkiyosumi | 2008-11-03 21:53